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トップページ >ただいま発掘中! >22年度の調査遺跡
平成22年度の「ただいま発掘中!」のページでご紹介した遺跡です
発掘調査の終わった遺跡はこちらをご覧ください
H14年度分
H15年度分 H16年度分
H17年度分 H18年度分
H19年度分 H20年度分
H21年度分 H22年度分
H23年度分
(1) 塚原古墳群 (深谷市/古墳時代)
(2) 清左衛門・赤砂利遺跡 (白岡町/縄文時代)
(3) 下田遺跡 (坂戸市/中世・平安時代)
(4) 長竹遺跡 (加須市/縄文時代、奈良・平安時代、中・近世)
(5) 内郷遺跡 (行田市/奈良時代、中・近世)
塚原古墳群(つかはらこふんぐん)第3次調査
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場 所
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深谷市本田50
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調査期間
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平成22年5月1日〜平成22年7月31日
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主な時代
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古墳時代
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概 要
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深谷市本田にある旧川本高等学校の校庭で、来年度開校予定の「県北部特別支援学校(仮称)」プール建設予定地の発掘調査を実施しています。
現在までに、円墳跡1基と中世の竪穴状遺構、土壙、掘立柱建物跡(ほったてばしらたてものあと)や柱穴などが発見されています。
円墳跡は墳丘が削平されていましたが、直径約17mで幅1.5m程の周溝が巡っていました。周溝の中からは円筒埴輪が10本以上出土しました。
土器類は出土していませんが、埴輪の特徴から6世紀前半頃に築造された古墳と考えられます。主体部(埋葬施設)は残念ながら見つかりませんでした。
※7月10日に遺跡見学会を開催しました。
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▲中央の墳丘は削られていて分かりませんでした
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▲埴輪は、元々は墳丘の上に立てられていました
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▲底のないバケツのような形の円筒埴輪
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清左衛門・赤砂利(せいざえもん・あかっちゃり)遺跡
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場 所
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白岡町大字上野田字八幡
(問い合わせ:0480-91-0680)
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調査期間
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平成22年4月8日〜平成23年2月28日
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主な時代
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縄文時代
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概 要
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清左衛門・赤砂利両遺跡は、隼人堀川沿いの隣接する遺跡で、今回の発掘調査は、その河川改修工事に伴うものです。
現在までの調査の結果、赤砂利遺跡は縄文時代中期、清左衛門遺跡は縄文時代前期から晩期にわたる遺跡であることが分かりました。
清左衛門遺跡では、縄文時代前期(約6,500年前)から後・晩期(約4,000〜3,000年前)の竪穴住居跡18軒が調査され、後期の柄鏡形(えかがみがた)住居跡では、
炉跡の脇の小さな穴から底部に孔をあけた土器が逆さまの状態で出土しました。また、谷に向かう斜面部分では、後期末から晩期の竪穴住居跡が10軒近く重なり合って見つかりました。
赤砂利遺跡は、清左衛門遺跡の北側に隣接する遺跡で、縄文時代中期(約4,500年前)の住居跡9軒のほか土壙や溝跡などが見つかっています。
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▲清左衛門遺跡全景
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▲縄文時代後期の住居跡(清左衛門)
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▲右上の住居跡の埋甕(清左衛門)
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▲縄文時代晩期の住居跡群(清左衛門)
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▲赤砂利遺跡全景
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▲縄文時代中期の住居跡(赤砂利)
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下田(しもだ)遺跡
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場 所
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坂戸市大字塚先135他
(問い合わせ:049-284-7881)
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調査期間
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平成22年10月1日〜平成23年7月31日
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主な時代
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中世・平安時代
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概 要
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「坂戸スマートインターチェンジ(仮称)」の建設に伴う発掘調査で、古代の水田跡や中世の屋敷跡が発見されました。
特に水田跡は、古代の条里制に基づいて作られた「入西条里(にっさいじょうり)」の一部とみられます。
耕作面の直上に残された火山灰や出土した土器などから、水田は平安時代(9世紀)には使われていたことが分かりました。
また、中世の屋敷跡からは、青磁碗など当時の高級陶磁器が出土しています。
※12月18日に遺跡見学会を開催しました。
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▲手前が中世の屋敷跡、奥が古代の水田跡
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▲水田の床土から平安時代の土器が出土
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▲検出された条里水田の畔
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▲短刀が副葬された中世の木棺墓
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長竹(ながたけ)遺跡
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場 所
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加須市大越字樋ノ口
(問い合わせ:0480-68-5503)
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調査期間
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平成22年5月1日〜平成23年3月31日
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主な時代
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縄文時代、奈良・平安時代、中近世
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概 要
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長竹遺跡は、利根川の堤防改修に伴い調査を実施している遺跡で、縄文時代後・晩期(約3,500年前)や奈良・平安時代(約1,100年前)の集落跡、
中近世(約600〜200年前)の溝跡、近世・近代の堤防跡や改修跡が見つかっています。
これまでのところ、奈良・平安時代の竪穴住居跡11軒、中近世の溝跡18条や井戸跡6基などを調査しました。また、現在調査中の縄文時代の集落跡
では、大量の土器・石器が出土しており、土偶や耳飾りなど、多彩な遺物が見つかっています。
※平成23年2月5日(土)に遺跡見学会を開催しました。
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▲長竹遺跡と利根川
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▲縄文時代の調査面
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▲埋設された縄文土器
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▲奈良・平安時代以降の調査面
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▲平安時代の竪穴住居跡
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▲中世の溝跡(黒い土が縄文時代)
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▲中世の溝跡から出土した板碑
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▲堤防関連の杭列(近代)
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内郷(うちごう)遺跡(12次調査)
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場 所
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行田市渡柳636−4番地他
(問い合わせ:048-559-5546)
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調査期間
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平成22年10月1日〜平成23年1月31日
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主な時代
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奈良時代、中・近世
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概 要
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内郷遺跡は、埼玉古墳群の南約1qにあり、今回の調査は県道148号線の拡幅工事に伴うものです。
現在までの調査で、奈良時代の竪穴住居跡2軒と中世から近世の溝跡や井戸跡などが見つかりました。
溝跡や井戸跡からは、板碑と呼ばれる石で造られた供養塔が出土ており、このうち一つの井戸跡には
6枚もの板碑が捨てられていました。板碑には年号の読めるものがあり、いつ頃造られたかが分かります。
今回の調査で出土した板碑は、文永七年(1270)から文和四年(1355)までのもので、鎌倉時代から南北朝
時代のものです。これらの板碑は、江戸時代ごろに捨てられたものと考えられます。
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▲2区調査区全景
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▲6枚の板碑が出土した井戸跡
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▲3区調査区全景
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▲3区の溝跡から出土した板碑
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