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中平遺跡 (寄居町)

読み方
なかだいらいせき
場所
寄居町大字用土字中平5840-44他
調査期間
平成27年11月1日~平成28年3月31日
主な時代
古墳時代、奈良・平安時代

【平成28年3月更新しました】

中平遺跡は、関越自動車道[上り線]寄居パーキングエリアの東側に位置しています。調査は寄居PAスマートインターチェンジの建設に先立って行っています。平成27年4月から10月に発掘調査を実施した深谷市北坂遺跡の南東に隣接した遺跡です。
平安時代を中心とした竪穴住居跡20軒、掘立柱建物跡6棟、溝跡、土壙などが検出されています。奈良・平安時代の土師器、須恵器、灰釉陶器などの遺物が出土しています。

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地面を慎重に削り、遺構の正確な形を確認しています。
黄色い土が関東ローム、黒い土の部分が、竪穴住居跡などが埋まったところです。

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検出された竪穴住居跡と掘立柱建物跡の一部です。
本格的な発掘調査はこれから始まります。

 

【以下、平成28年1月更新】 -----------------------------------

日当たりの良い南向きの斜面に奈良・平安時代前半の竪穴住居跡24軒、掘立柱建物跡8棟、溝跡、土壙などが見つかりました。これらの建物跡は、斜面の傾斜に沿って、整然と並んで建てられていました。

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東側にカマドを設置した竪穴住居跡が多いことは、中平遺跡の特徴の一つです。遺跡からは土師器・須恵器・灰釉陶器の他、鉄製の道具や砥石、網の重りである土錘(どすい)などが出土しました。また、糸を紡ぐための紡錘車は、鉄製・石製・土製のものと、壊れた土器を再利用したものがそれぞれ見つかっています。写真の第14号住居跡からは、ともに鉄製の弾車(はずみぐるま)と軸棒が発見されました。

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第12号住居跡では、壁際から炭化した建築部材が、等間隔に並んで発見されました。屋根を支えていた垂木(たるき)が焼け落ちたもののようです。

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柱の根元を地中に埋めた建物跡のことを掘立柱建物跡といいます。柱を埋めた穴は規則的に並ぶのが特徴です。第4号掘立柱建物跡は、桁行(けたゆき)3間×梁行(はりゆき)2間の身舎(もや)に、北・西・南側の三面に廂(ひさし)が付いた大型の建物跡です。

※1月9日(土)に遺跡見学会を開催しました。

 

【以下、平成28年3月更新】 -----------------------------------

中平遺跡の発掘調査では、平安時代(約1,100~1,200年前)を中心とする竪穴住居跡38軒、掘立柱建物跡12棟、土壙142基、井戸跡1基、溝跡13条が見つかりました。日当たりの良い南斜面に建物が整然と並んだ、計画性のあるムラの跡でした。また、斜面の一番高い地点からは、旧石器時代(約25,000年前)の石器集中が2箇所発見されました。
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火災にあった竪穴住居跡が発見されました。焼け落ちた垂木(たるき)(屋根を支えていた建築部材)と一緒に、紡錘車(ぼうすいしゃ)(糸を紡ぐ道具)が出土しました。この住居跡には、鉄製と石製の紡錘車がありました。

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第27号住居跡のカマドが埋まっていた様子です。煮炊きのために焚いた火を受けて、側面と底面(カマドの天井部が崩れ落ちたもの)が赤く焼けているのがわかります。

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第10号掘立柱建物跡と第1号井戸跡が南北に並んで発見されました。掘立柱建物跡は総柱(そうばしら)の建物跡で、倉庫であったと推定されます。

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竪穴住居跡を発掘しています。土が埋まった様子を観察するために、竪穴住居跡の中央を十字の帯状に掘り残しています。