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浦山城跡 (皆野町)

読み方
うらやまじょうあと
場所
皆野町大字金沢字浦山上土
調査期間
平成27年5月1日~平成27年6月30日
主な時代
戦国時代

【平成27年7月更新しました】

浦山城跡は秩父鉄道皆野駅の北西約6km、「カタクリの里公園」から東にのびる尾根上に立地します。標高は約520~530mです。
発掘調査は採石工事に伴うもので、5月1日から調査を開始しました。現況図を作成した上、現在は郭(くるわ)と想定される平場を中心に遺構の確認作業を行っています。

H27浦山城跡1

浦山城跡の遠景です。山の頂上、木のないところが調査区です。

H27浦山城跡2

バックホウを使って部分的に深く掘り、土層の様子を観察する調査を行っています。

H27浦山城跡3

確認した土層をもとに、平場の掘削作業をしています。

 

【以下、平成27年7月更新】 -----------------------------------

調査は6月で終了しました。
今回の調査では平安時代の須恵器と炭焼窯跡、戦国時代のかわらけと平場、江戸時代の陶磁器と古銭などが発見されました。平安時代には炭焼き、戦国時代には山城として利用され、江戸時代には浦山が信仰の場であったことが明らかとなりました。

H27-7urayamajou1

平安時代の炭焼窯跡です。平面形は長方形状で、規模は長さ10m、幅1.5mです。炭焼窯の底には炭化物と焼土が広い範囲で検出されました。平安時代の須恵器が出土しました。

H27-7urayamajou2

平安時代に炭焼窯が営まれた平場(写真中央部)は、かわらけの出土によって、城の一部として利用されたことが明らかとなりました。

H27-7urayamajou3

戦国時代(16世紀後半)のかわらけです。浦山城は、甲斐の武田氏が北武蔵へ侵攻した際、後北条氏が秩父地域の防備のために築城したとされています。

H27-7urayamajou

江戸時代(17世紀末から18世紀初頭)の肥前系の皿もしくは碗です。浦山の頂部には、江戸時代の石碑や石燈籠などもみられます。